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候故其金の儀ハ不為申渡候 次左エ門より山本諸入用ニ追々 取替候金子二割の利足 九拾壱両弐分余の内壱割通 了簡為致四拾五両三分余 今般彦七へ為指戻、残金の 内へ加させ候様ニ可被致哉と 被申達候へ共、証文の通 二割を勘定ニて受取、金主 方へ令返済由候得バ此利足 了簡為致候儀ハ筋も違 候様ニ相見候、市郎兵衛儀も 大分そん金致候儀、彦七より 当時の出金多キ事候間 次左エ門も問屋の儀ニ候条 不足の文ハ令足金候様ニと 可被申渡候 別紙の通町奉行■へ年寄 より被仰渡、板屋市郎兵衛之 申聞、足金の儀ハ丸屋次左エ門へ 申渡有之筈ニ候、加子母村彦七へハ 御自分より御申渡可有之候 彦七儀勝手及困窮ニ候間 |