木曽の五木って何?
 ヒノキ・サワラ・アスナロ・コウヤマキ・ネズコの5つの樹木を「木曽五木」と呼んでいます。
由来については、次のような歴史があります。

 元和元年(西暦1615年)に木曽33箇村と裏木曽3箇村(川上村・付知村・加子母村)が、尾張藩領と なり、各地の城郭・城下町の建築用材として大量に木が伐採され、寛文5年(1665年)には木が切り尽 され荒廃した山が目立ってきたため、尾張藩による林政改革が行われ、木材の伐採はもちろん、住民 の立ち入りも禁止する「留山」「巣山」が設けられ、宝永5年(1708年)には、「ヒノキ」「サワラ」 「アスナロ」「コウヤマキ」翌年に「ネズコ」の五木を停止木として尾張藩の御用材以外の伐採が 禁止し、「檜一本首一つ」と言い、盗伐、背伐などを犯した者は厳罰に処せられました。この5つの 樹木を「木曽五木」と呼ぶようになりました。
 こうした厳しい法度と取締りにもかかわらず、生活に困窮した住民の盗伐や背伐が後を断たず、 加子母村でも、盗伐により処刑された者の慰霊のために立てられたという、二渡の佐見道の道端に祀 られている首切り地蔵の話や、庄屋が出の小路でヒノキの大木を盗伐したのを奉行所への密告により 処刑され、その処刑場所が、賽の神峠てまえ広野の首さらし場の跡と伝わる話など悲劇の逸話が、 今日にもいくつか語り伝えられています。

木曽五木の葉
ヒノキ     サワラ      ネズコ     アスナロ      コウヤマキ


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